Study of English

August 8, 2007

Machine-guned schoolchild’s satchel. 62 years from the day. The guardian deity of children is open to the public also this year.

Filed under: Japan,U.S.A.,WW2 — Sei-no-Syounagon @ 8:16 am

This is an article printed in Yomiuri newspaper of Japan.
I translate this article into English if there is free time.
If you are an American, it is not a too happy article.

ランドセルに機銃掃射、あの日から62年…今年も地蔵公開
 戦時中に疎開先の東京・八王子市で米軍機に銃撃され、小学4年生で死亡した神尾明治(あきじ)君(当時9歳)のランドセルを背負った地蔵が8日、今年も地元の相即寺(八王子市泉町1132)で公開される。
 ボール紙を黒っぽい布で覆ったランドセルは62年前に明治君が背負っていたもので、ところどころがほころびている。それでも毎年、ご開帳される日には多くの人が供養に訪れ、平和を願っている。
 明治君は太平洋戦争末期、品川区から兄とともに八王子市に疎開し、1945年7月8日朝、友人たちと遊んでいたところ、米軍戦闘機の機銃掃射を受け、亡くなった。母親は悲嘆にくれる中、同寺の地蔵堂で153体ある地蔵の中から、明治君に似た面立ちの地蔵を見つけ、遺品のランドセルを背負わせたという。
 それ以来、この地蔵は「ランドセルをしょった地蔵さん」として近所の人に知られるようになり、明治君の命日など年3回、ご開帳されるようになった。
 昨年冬、明治君が通っていた国民学校の後身である品川区立原小学校(現・区立伊藤学園)の4年生が、学芸会で明治君の疎開時の出来事などをモチーフに、家族や命の大切さを訴える内容の創作劇を上演。70歳を過ぎた明治君の元同級生からは、「二度とあってはならない悲劇を若い世代にも伝えてほしい」との声が同学園に寄せられた。
 こうした声を受けて、先月19日には、区内のホールで再演され、明治君が銃撃されたシーンや母親が地蔵にランドセルを背負わせる場面では、会場からはすすり泣きも漏れていた。
 相即寺は8日のご開帳について「夏休み期間中、たくさんの児童に、地蔵を実際に見てほしいから」と話している。
(2007年8月7日13時46分 読売新聞)

Machine-guned schoolchild’s satchel. 62 years from the day. The guardian deity of children is open to the public also this year.

  KAMIO, Akiji (nine years old at that time)  in the fourth grade of elementary school died during the war by being gunned to the United States air force plane in Hachioji City, Tokyo. The statue of ZIZOU the guardian deity of children shoulders his satchel is open to the public on the eighth in the buddhist temple Sousoku-ji in local. 
……

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